2021.09.14
持ち運びできる保温・保冷力に優れたタンブラー、その裏側の真実
在宅ワークの普及により、暮らしの一部に働くシーンが入り込み、今やシームレスな生活様式は当たり前のものになりつつあります。そうした変化に着目し、新たな提案を試み続けている象印マホービンとコクヨ。両社の企画開発担当者が互いの視点や気づきを語り合う企画「商品開発に見るLifeとWorkの交差点(前編)」をお届けします。 ※撮影時のみマスクを外しています。
新しいスタイルの"持ち運ぶ"に挑む2つのメーカー
2021年の冬、「オフィスを持ち出す」というコンセプトから誕生した、コクヨの新ブランド・THIRD FIELDのスタンドバックパック。リュックが自立するしかけと文具メーカーが開発したことで話題となったちょうどその頃、同様の発想で既存の概念を覆そうとしていたメーカーが存在しました。
それはコクヨと同じく大阪に本社を構える、象印マホービン(以下象印)。炊飯器や電気ポットでおなじみの同社が取り組んでいたのは、キャリータンブラーの開発です。コーヒースタンドでも人気のタンブラーですが、水漏れしやすく持ち運びには不向き。このボトルネックを解消し、どこでも飲み物をおいしく楽しめるだけでなく、持つこと自体に価値を感じられるタンブラーをつくろうと試行錯誤の末、今月(2021年9月)の発売に結びつきました。
奇しくも、"持ち運ぶ"という共通のキーワードに着目したコクヨと象印。そこでこのたび、両社の開発者による座談会が実現しました。某テレビ局の人気インタビュー番組さながら、対談の前後半でフォーカスする商品を"スイッチ"し、それぞれの開発秘話やモノづくりに対する思いに迫ります。今回は前編。象印のステンレス キャリータンブラーについて、コクヨ社員が開発者の目線で斬り込みました。
登場人物
▼象印マホービン株式会社
森嶋孝祐さん |
森本慎也さん |
▼コクヨ株式会社
伴和典 社会の役に立つ商品企画を日々追求するマーケター。ABW時代の到来にいち早く目をつけ、スタンドバックパックの開発につなげた。落ち着いた物腰で、社内でも癒しの存在。 |
木下郁(かおる) バッグ・イン・バッグやペンケースなど、ファブリック製品を多く手掛ける若手のホープ。スタンドバックパックでは設計を担当した。 |
言葉の定義に縛られず、既成概念を越えていく
「水筒」と「タンブラー」の違いはそのルーツにあるが・・・
伴:このキャリータンブラー、発売に先駆けて使わせていただきました。めちゃくちゃカッコいいですよね!
森嶋・森本:ありがとうございます!(ちょっとドヤ顔)
森嶋:今回は"脱・水筒"がコンセプト。持ち運んでも漏れないタンブラーをつくりたかったから、この形状にはこだわりました。
伴:そもそも水筒とタンブラーはどう違うんですか?
森嶋:業界ではせんがあって持ち運んでも中身が漏れにくいのが水筒、そうでないのがタンブラーと区別しています。この商品も密栓できるので、厳密には水筒になる。でも一般の人にはあまり関係ないですよね。ですから、あえて"タンブラー"で打ち出しています。
木下:ふつうのタンブラーは、どうして気密性を問わないのですか?
森嶋:そもそものルーツが違うんです。水筒は竹筒やひょうたんなど、携帯性を前提にした器から派生したもの。でもタンブラー(Tumbler)は、英語圏では取っ手や脚のないコップをさします。元は家で使うものだから、密栓の考えがないんです。
伴:この商品はこれまでの概念を覆したわけか。いきなり衝撃的な話が(笑)。
森嶋:モノづくりをしていると、言葉の持つ定義に縛られがちじゃないですか。そこはいつも疑うようにしています。
業界内の言葉の定義と
使ってくださる人のニーズは別物、と森嶋さん
ハリウッド映画に「水筒」は出てこない
木下:これまで使っていたワンタッチオープンの水筒と比べて、飲み物の味の感じ方がまるで違いました。
伴:そうそう。飲み口が広いから、香りがちゃんと鼻に抜けていくよね。
森嶋:口当たりや飲み心地も、コップで飲む感触に近づけたんです。
森本:「家で飲む感覚を外に持ち出したい」と森嶋から聞いたときは、感動しましたね。
木下:それなのに、オフィスにもすごく馴染む。こういうアイテムのセンスがいいと、周りも一目置きますよね。
森嶋:少し昔のハリウッド映画やアメリカの海外ドラマを見たときに、タンブラー片手にオフィスで過ごす姿がおしゃれに映ったんですよね。こういうシーンに水筒は似合わない。生活感を抑えた、ファッションアイテムとしてのタンブラーがつくれないかって。
伴:確かに。アメリカの映画やドラマに水筒は・・・ないですね。
タンブラーはステーショナリー!?
森嶋:ファッション感度の高い人にも、マイボトルは何に近いのかヒアリング調査をしました。そうしたら、"ステーショナリー"と言った人がいて。実用的で、かつ人に見せても恥ずかしくないものが望ましいと。腑に落ちるものがありましたね。日本の水筒市場は機能を優先しがちだけど、ファッション性の高い形やカラーリングが入ったら面白いだろうなって。
木下:この色味なんて、当社の「KOKUYO ME」シリーズと近い。"魅せる"という部分ではコンセプトも一緒です。
伴:コクヨもこれまで機能重視の開発をしてきたから、KOKUYO MEは新しいチャレンジでした。カラーやマテリアルを再編集して、アクセサリーみたいに自分らしさをコーディネートする価値の提案ですね。
人に見せたくなる「お気に入り」を目指せ
森嶋:やっぱり人に見せたくなるくらいでないと、お気に入りにはならない。そのポジションに食い込んで、ようやく使い続けてもらえるのだと思います。特に今回はビジュアル重視だから、容量も外観から決めたくらいだし。
伴:え! 徹底していますねー。会議で揉めませんでしたか? 理由を問われたり。
森嶋:いや、それが意外とすんなり通ったんですよね。開発の森本さんは、前例のない形状と進め方で大変だったと思うけど。
森本:最終的に生産ラインに載せられるような、仕様と設計にしないといけないですから(苦笑)。ふつうはつくり込みの要素が増えるほど、サイズは大きくなりがちで。でもシュッとした見た目がポイントだから、小さくしていくというせめぎ合いの連続でした。
森嶋:僕はいつも、デザイン側の味方ですからね(森本さんのほうを見ながらニヤリと笑う)。
伴:なんですか、その笑い(と突っ込みつつ、企画側として共感の表情)。
森嶋:とは言いつつ、開発チームもデザイン面をよく考えてくれています。開発のトップが「コレって、お前の使いたいものになっているのか?」ってよく話していて。
森本:その言葉にいつもハッとさせられます。そこで1回立ち止まって、開発メンバーとの打ち合わせを重ねながら、どうしたら使いたいものがつくれるかを考えています。
今までになかったものをつくりたいと努力を重ねた森本さん
成功体験から抜け出し埋もれた技術が磨かれた
木下:デザインの再現で、大変だったところはありますか?
森本:このハンドルひとつとっても、こだわりだらけです。指がすっと入って掴んだときにしっくりくるよう、幅もすき間の高さも緻密に計算しました。見た目の心地よさも大事だから、カーブをどのくらいかけるかとか。実はふたの上部も緩く丸みがついているんです。
※せんセットがしっかり閉まっていなければもれる可能性があります。
伴:ホントだ。フラットにする選択肢もあっただろうけど。この丸みがあるから馴染む感じがする。
森本:ちょっと変わるだけで、印象がまるで違うんです。最初はもう少し丸みが強かったのですが、デザイナーと相談しながら調整しました。
使い続けるための手軽さを徹底追求「シームレスせん」
木下:見た目の話ばかりしてしまいましたが、機能面も素晴らしいですね。特にこのふたのつくり! パッキンとせんがひとつになっているから、お手入れがとってもラクです。「シームレスせん」と言うんですよね?
森嶋:ステンレスボトルでは業界初※の、当社オリジナルの技術です。昨年発売のものから順次取り入れています。
※せんとパッキンをひとつにしたせん構造の技術。
ステンレスボトルにおいて(2020年7月30日象印調べ)
木下:画期的ですよね。前に使っていた水筒はふたを分解して、細かいパーツを5つも洗う必要がありました。
森嶋:日本はきれい好きが多いから、ふたを分解できるのは売りでもあったんですよ。10年ほど前に開発した商品は、100万本以上のヒットに。その成功体験がゆえに、当社もなかなか方向転換できずにいました。
伴:どうしても過去に引っ張られてしまう。新しい挑戦が成功する保証もないですし。
森嶋:だから「シームレスせん」の開発のときは、ユーザーの間では「清潔に使えて、かつお手入れがラク」という選択フェーズに突入していることを市場調査で示して、社内を説得しました。
木下:とはいえ、すぐにつくれるものではないですよね...?
森嶋:それが必要な技術は、先輩方が何年も前から基礎研究を進めてくれていたんです! でも分解できることが正義だったから、日の目を見ることがなかったみたいで...。森本さんのチームには、「量産できるようにして!」ってお願いしました。
森本:正直に言うと、この量産化が一番苦労しました。パッキンとなるシリコーンゴムをプラスチックのふたに貼りつけるに、どの程度の耐久性を確保できるのか、安全性に問題はないのかなど、証明しないといけないことがいっぱいで。
森嶋:森本さんのところに行くと、ふたの部分を鍋でぐつぐつ煮ていましたよね。あと綱引きみたいなことも。遊んでいるのかと思ったら(笑)。
森本:いやいや、真面目に試験していたんです! 耐熱性だったり、パッキンの密着力だったり。鍋で煮る試験は何百時間と重ねましたね。
木下:毎日使うから、手軽さは大事ですよね。社内でもマイボトルは洗うのが面倒だからと、ペットボトルでガマンしている人がいました。
森嶋:やっぱりどんなにおしゃれでかっこよくても、面倒なものは結局使われなくなってしまうんですよ。
伴:毎日使いながらテンションも上がるものがいちばんですね。私は会社ではペットボトル派だったのですが、実際にキャリータンブラーを使ってみると、いいなと思うところがたくさんありました。冷たい飲み物はずっと冷たいまま飲めるし、ペットボトルみたいに結露しないし。机を汚す心配がないから嬉しいです。
ぐいぐい引っ張る森嶋さんと要求をしっかり受け止めて着実に結果を出す森本さんのナイスコンビネーション
見えないところや周辺まで息づくモノづくりの想い
木下:先ほどはシームレスせんを実現するまでの苦労について伺いましたが、ふたでこだわった部分はありますか?
森本:ふたのハンドルとは反対側の飲み物に触れる部分の溝も実はこだわりがあるんです。実際に水滴がつく部分なのでふたを開けて飲む際にわずかに水滴がこぼれてきます。水滴がこぼれないようにするために、円形のパッキンに沿うように数ミリ高く出っ張りをつけているのですが、その出っ張りの高さもふたに付着する水滴の量を何度も繰り返して計測し、微妙に高さを調整しながら置いている場所にこぼれないように決めていきました。
木下:へえー! 見えないところにまでこだわりが! 本体の方もたくさんこだわりがあるのではないですか?
森本:飲み口が滑らかになるように曲げた内側のビンにネジ加工をしたり、テーパー加工(飲み口から底に向かって細くなる形状のこと)を盛り込んだり。細部にわたって注意するポイントがありました。私も最初つくれるのかなあって思ったくらいで(笑)。ひとつ実績がつくれたので、今後の商品にも生かしていきたいです。
プロが作ったオリジナルスポンジと専用洗剤あります
伴:そういえば、前に別のタンブラーを使っていたとき、茶渋やコーヒーのにおいがつくのが嫌で、水専用にしていたことがあるんです。うまく洗うコツなどあるんですか...?
森嶋:伴さんにおすすめのものがありますよ! 水筒やタンブラー専用の、オリジナルスポンジを企画しました。なんとキッチンスポンジでおなじみの、キクロンさんとの共同開発です! 工夫が随所に施されていて、まさに「かゆいところに手が届く」設計になっています。つけおき洗い用の洗浄剤も合わせて、これも9月に発売予定です。
伴:タンブラーだけでなく、スポンジや洗浄剤も企画するとは...。
森嶋:使いやすさというのは、単品だけでなく周辺部分も含めた、トータルの環境で決まってくるので、自分たちで制限を作らないようにしています。確かに、究極は単品だけでも圧倒的に使いやすくて、嫌でも手放せない、ついつい使いたくなってしまうようなモノを目指しています。
これからのモノづくりに向けて
伴:これから目指すものということでいうと、森本さんはどうですか?
森本:究極のモノづくりかあ...。私が最近考えるのは、食洗機で洗える水筒やタンブラーですね。より気軽に持てるように、もっとお手入れの負担を軽くしたい。実現にはまだ時間が必要ですが。
木下:お二人の絶妙なコンビネーションなら、いつか実現しそうですね!
伴:今日は開発の裏話をたくさんお聞かせいただき、ありがとうございました!
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固定観念や常識を打ち破る大胆さと、高品質を実現する緻密さのコントラストが印象的な象印のモノづくりが明らかになったところでスイッチ。後編は象印の森嶋さん、森本さんが、コクヨのTHIRD FIELDのスタンドバックパック開発秘話に迫ります!
▼シリーズ「商品開発に見るLifeとWorkの交差点(後編)」
働き方が変化する時代の「持ち運び」を考える~THIRD FIELDの挑戦~