2021.04.16
潜入!「シン・ウルトラマン」樋口真嗣監督の発想力の源に迫る
「のぼうの城」、「進撃の巨人」、「シン・ゴジラ」、そして、この夏公開予定の「シン・ウルトラマン」の監 督 樋口真嗣さん。圧倒的な特撮技術から生み出される圧巻のイメージは一体どこからどうやって 生まれてくるのか。樋口監督が日々取り組む「書いては消す」アナログなメモ術を、今回特別に見 せていただきました。
樋口 真嗣氏
1965 年 9 月 22 日、東京都生まれ。1984 年「ゴジラ」に造形助手として参加し、映画界入り。「ガメラ 大怪獣空中決戦」で特撮監督を務め、日本アカデミー賞特別賞特殊技術賞を受賞。2005 年には 実写映画「ローレライ」で監督デビュー。その後、「日本沈没」、「隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS」、「のぼうの城」(犬童一心氏と共同監督)、「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN」で監督を務める。「シン・ゴジラ」では総監督 庵野秀明氏とともに日本アカデミー賞最優秀監督賞に輝いた。 2021 年夏には再び庵野監督と共に挑んだ「シン・ウルトラマン」も公開予定。
映画監督 樋口真嗣さん。「ゴジラ」の造形助手として映画界に入り、その後、特撮のプロフェッショ ナルとして活躍。近年は実写映画の監督として、「シン・ゴジラ」「進撃の巨人」など、見る人を圧倒 する映画を次々と手がける、現代映画界のキーマンの一人です。
かたや、文具業界で樋口監督といえば、筋金入り「ヤチョラー」(※)として知られています。(※本来、測量士が屋外で使用するためのメモ帳「測量野帳」を、測量以外の用途で愛用する皆様 の俗称)その野帳には、現実にはない世界に人々をぐんぐん惹きこむ樋口ワールドのヒミツがきっと隠され ているはず。
ということで、今回、樋口監督ご本人にインタビューを敢行!
日々の創作活動における野帳の役割 と、人並外れた発想をどうやって生み出すのかを伺いました。特撮ファン、樋口作品ファンにはたま らない、作品の裏側を垣間見れる野帳の中身も一部公開です!
「脳みそは考えるためにある、覚えるために使ったらもったいない」
コクヨ: 監督、今日はよろしくお願いします!
樋口: こちらこそ。20 年使い続けた道具を作っている会社からついに取材。楽しみにしていまし た。
コクヨ: 目の前にすごい量の測量野帳の山があるのですが、監督は、どんなときに、どんな風に、 使っておられるのでしょうか?
樋口: 電車の中、ロケハン、打ち合わせ中、試写中、どこに行くときにも常に測量野帳を持ち歩 いて、気が付いたこと、気になったこと、思いついたこと、考えたことはすべて書きます。
コクヨ: 絵コンテを描く、とかロケハン時のスケッチをする、とか、特定の用途に決めているのでは なく、「何でも」書くんですね。
樋口: いくつかの仕事を並行してやっているので、仕事ごとに野帳を分けています。「あっ」と思った時にその仕事用の野帳がなくて別の野帳に書いてしまう、なんてことはたまにありま すが、基本的にあらゆる仕事で野帳を使っています。
打ち合わせメモ
頭の中のイメージを可視化する
絵コンテ原案
コクヨ: なぜそこまで惚れ込んでいただいているのでしょう?
樋口: サイズ、薄さ、罫線、紙質、全部いいんだけど、やはり圧倒的に惚れているのはこの表紙の硬さ。どこででも書けるし、持ち歩いても表紙が折れたりしない。なにより多少乱暴に扱 っても大丈夫そうなところがいい。 縦横の比率も映画の比率に近い(縦横比1:175〜1:2.35)のでフレームを意識しないで存分にコンテが描けます。
罫線はやはり方眼罫がいいですね。以前に一度、普段使っている罫線のタイプが見つからなくて、測量罫を買ったらちょっと調子が狂っちゃいました。あと、野帳の縦開きを見つけた時 も、「まさに俺のための商品だ」と思って喜んで買ったんだけれど、意外としっくり来なかったんです。やはり長辺を綴じていないと表紙の硬さが生きないと感じました綴じ代が短い分、開いて写真を取るときに綴じ代近くの紙が浮き上がらなくて歪みが少ないのは良かったんですが......。そうやってたまに浮気もした結果、結局もとに戻ってきた感じです。
樋口監督も愛用するコクヨの測量野帳(セ‐Y3)。
1959 年の発売以来、ほぼデザインを変えることなく販売を続けている。
本来、測量の用途で開発された商品だが、片手で持てて、ポケットにも入る携帯性と、
屋外で立ったまま書くための固い表紙は測量士以外のファンも多い。
コクヨ: 「何でも」書くようになったキッカケがあったのでしょうか?
樋口: もう亡くなられましたが、日本の特撮界で活躍された大先輩に矢島信男さんという特撮監督がいらっしゃって。いま自分たちが一緒に仕事をしている人たちはほとんどが矢島さんの弟子にあたるんですけど、皆さんすごいメモ魔でね。矢島さんの晩年に実際にお会いした際に聞いてみたんです。その時に言われたのが、「脳みそというの は考えるためにあるものであって、覚えるために使うのはもったいない」という言葉でした。
そう言われてみると自分にも、「こんなすごいアイデア、忘れるわけない」と思ったアイデア を思い出せない、とか、「覚えていなくちゃいけない」と思いながら考え事をすると集中できない、という体験があった。その言葉に触れてからは躊躇なく思ったこと、気づいたこと、 感じたこと、思いついたこと、とにかく何でも書いておくようになりましたね。
アイデアを可視化して客観視する
コクヨ: そうやって書いたメモやスケッチは映画監督の仕事においてどういう風に役立つものなの でしょうか?
樋口: 映画の仕事にはいくつかの段階があります。目に見えているものをどういう風に切り取るか、目に見えないものをどう構想するか、そして、創ったものを見てどう思うか。どの段階にあるかによって、書く内容は違ってきます。難しいのはやはり、目に見えないものを構想する時かな。僕は考えることが好きなんだけど、得意じゃないから。
コクヨ: 好きだけど得意じゃない、とは?
樋口: 頭の中に浮かんだことを一度何かにアウトソースしないと、それがいいかどうかが自分でも分からないってことです。なので、思いついたことをなるべく視覚化して、一度遠くから 眺める、という作業が必要になる。
自分では「すげーこと思いついた!」と瞬間的に感じても、それを可視化してみたら、たいしたことないってことはいくらでもある。そんな時は、一回書いたものを全部消して、もう 一度書くんです。
これ、ファミレスなんかでやろうものなら消しゴムのカスが多すぎて出入り禁止になっちゃう。でも、現実にないものをあたかも現実であるかのように見せるのが映画で、それはそう簡単にできるものではない。何度でも書いては消し、書いては消し、を繰り返しながら納得するまでやり直しています。今でも。
頭にあることは一度可視化して眺めてみる
コクヨ: 可視化することで、自分のアイデアを第三者的な目線で見ることができる。
樋口: そう。あ、野帳のいいところをもう一つ思い出した。表紙が固いから、机にトントンってやる だけで、消しカスが全部落ちるところだ(笑)。
コクヨ: 目に見えないものを構想する時は鉛筆なんですね。
樋口: 消せないと困るから、太め芯のシャーペンを使っています。コクヨさんの商品ではないけ ど、気に入って使っているシャーペンがありまして。
字を書く時の脳と、絵を描く時の脳は違うような気がするんですよね。ラフに書く時はシャ ーペンがいい、大胆に発想できる気がするから。逆にカチッと整理したいというときは0.28 の細いペンを使ったりする。筆記具によって、自分の中の能力を切り替えようとしているよ うなところはありますね。
打ち合わせ時のスケッチ
手書きのメモは「感情の再生装置」
コクヨ: 今やみんながスマホを持つようになって、何でもデジタルで記録する風潮もあります。
樋口: 手書きの良さは、文字を書いたときの感情が字に現れるところだと思う。テキストで打って しまうと、全部平均化されてしまう。
コクヨ: 監督にとっては手書きの文字は情報の記録だけではなく、感情の記録でもあるわけですね。
樋口: 最近はタブレットに付属のペンで字を書くこともできるけど、時間の経過と共に変わっていく感情の変化を記録しようと思ったら、やはりアナログのメモには勝てない。 電子書籍で一番困るのは、ページをめくるという感覚がないこと。10 ページ目でも 150 ペ ージ目でも感覚的には全く一緒。全体のどの辺まで読んだのかが全然分からない。 それと一緒で、試写を見ながら、時間の経過に沿ってページをめくり、感じたことをじゃんじゃん書き散らかしていくことで、他の人には分からないけれど自分には、「あ、あのシー ンでこう思ったんだ、俺は」とリアルに思い出すことができる。いわば、感情の再生装置みたいなものです。
映画は感情の連続。感情というのはどんどん上書きされるものです。だがしかし、上書きされるからと言って最後だけ良ければいいというわけではなく、細かく緻密に一瞬一瞬の違和感も潰していかないといい映画にはなりません。なので、見た瞬間にどう感じるかを書いておくんです。これはデジタルの道具だとこれはできないと思うなぁ。そもそも試写中にタブレットは使えないけどね。
テイク 1~6 まで連続して見た時の印象をメモしたページ
心の中の違和感は都度文字にして残す
考える、そして、きょろきょろする
コクヨ: 監督はアイデアを発想するためにやっていることはありますか?
樋口: 常にきょろきょろすることじゃないですかね。見ようと思っている瞬間に見たいもの見えることなんてめったにない。常にあちこちを見て、気になるものを見つけたらすぐに地図で調べるということは日常的によくやります。
映画の仕事をしていると、行ったことのない場所で、何かをしないといけない機会が多い。 同じ景色を見ていても、いい場所に気づく人と気づかない人がいて、やはり日頃のきょろ きょろが大事なんじゃないかと。野良犬みたいにクンクン、きょろきょろです。
コクヨ: 常に考えながらきょろきょろして、カチッとパズルがはまった時にすぐに書ける野帳があれ ば、即座に可視化できる、そんな感じですね!
書くことは考えること、考えることは楽しいこと
コクヨ: これからはますます、情報を知っているだけではなく、新しい発想ができる人が求められ ると言われています。どうしたら発想力を身につけられますか?
樋口: 気に入った筆記具とメモ帳を常に身近において、思いついたことを書いてみることでしょうね。最近は、手を動かさなくても発想ができる若い人もいるかもしれないけれど、少なくとも自分の身の回りにいる、最終的にはデジタルなアウトプットを出すクリエイターやプロ グラマーも、構想段階では手でかいています。書いては広げて描いては広げて、離れて見てみて、やり直して、を皆、繰り返している。ある日突然、完璧なアイデアが降ってくるわけではなくて、 結局は日々考えて、可視化して、客観視する、ということを地道に繰り返すことが「発想力」の源じゃないかと思います。
コクヨ: 頭の中にあることを即時に可視化するためには、アナログの紙とペンが優位ですね。
樋口: 使う道具は人によってはホワイトボードだったりもする。どの道具を使うことが自分にとって ベストなのかを知っておくことも結構重要だと思いますね。その道具が好きで使い続けた いと思うものかどうかは、発想の良し悪しに多少影響するように思う。
聞いた話ですが、「ターミネーター」や「アバター」のジェームズ・キャメロン監督は、真っ黒い紙に白いペン で構想を練るらしい。映画の感じからしても何となく分かるなぁって思いますよね。
僕の場合は、表紙の硬い高級なノートが世の中にあることは知っているけれど、きっと、ページがもったいないからこのくらいにしておこうかってなるから、ダメなんです。その点、野帳は一切遠慮しないでいい。どこまででも突っ走って書き続けることができる。 消すときも紙質がいいからきれいに消える。一生付き合えるいい製品です。
コクヨ: ありがとうございます!監督、文房具、お好きですよね。
樋口: 好きですね。文房具!!
コクヨ: 今日はありがとうございました。
樋口監督の事務所にて。愛用の測量野帳と共に。
樋口監督の野帳をまとめた書籍も現在制作中です。
▼2021 年 4 月、測量野帳に待望の新色追加!
樋口監督も愛用する測量野帳、サイズや表紙の硬さ、3 ㎜方眼罫線などの特徴はそのままに、表紙の色を従来の濃緑色に加えて、黄色系、青系、白、黒の 4 色が新登場します。 新たな表紙色については、罫線の色も緑系からグレー系になり、より思考の邪魔になりません。 2021年4月28日から、全国の販売店、量販店、公式オンラインショップでも順次発売開始します。
新しくラインナップに加わる測量野帳(ビジネス向け)。
職場でもプライベートシーンにもマッチする表紙カラー、罫線はガイドとしての役割は保ちつつ、記入時や見返す際に気になりにくい薄さに調整したグレーの3mm方眼です。
測量野帳のブランドサイトも新しくなりました。さまざまな野帳コンテンツ満載。ぜひ遊びに来てください!
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「コクヨのくふう研究室」続々更新中
「コクヨのくふう研究室」は様々なジャンルで活躍する方々を「くふうマスター」としてお迎えし、日頃の活動や、日々の生活の中で行っていること、その中にある「くふう」をご紹介しています。日常を少しずつ豊かにするヒントをお届けすべく日々活動中です。ぜひご覧ください。
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測量野帳
測量など屋外での活動や業務の記録用に作られたミニノート。作業着やジーンズのポケットに入るサイズと、立ったままでも書ける固い表紙に支持が集まり、今では個人のライフシーンにまで用途が拡大しています。